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活動報告

UNIT 22021.04.21

近代日中交渉史関係の一次資料の宝庫 陶 徳民

内藤文庫所蔵資料を生かした研究成果の発信

 

1986年に創立百周年を迎える関西大学が記念行事の一環として、内藤湖南(1866年-1934年)、乾吉(長男)が二代にわたり蓄積した一大コレクションを譲り受け、図書館の「内藤文庫」として収蔵しました。
その内訳は蔵書33,000千冊、書簡3,792通及び筆談記録などを含む「非冊子体史料」約20,000点です。それ以降の30余年間、多くの研究者が質量ともに誇れるこれらの史資料を生かして数々の研究成果を上げています。昨年は幸いに、学内助成プロジェクト「内藤文庫および石濵文庫所蔵資料の調査と整理に関する共同研究」(令和2年‒3年 代表玄幸子;分担者 高田時雄/堤一昭/陶徳民/長谷部剛)と、科学研究費補助金プロジェクト「大正期日本の中国研究と第一次世界大戦前後の世界―内藤文庫所蔵資料を中心に」(基盤研究B令和2年‒5年 代表陶徳民;分担者高田時雄/高木智見/石暁軍/玄幸子/村田雄二郎/銭鴎/小嶋茂稔/山田智/二ノ宮聡)がそれぞれ採択されました。

これまでの関西大学における先行研究の実績をふまえて、文庫所蔵の代表的な史資料を発信していく予定です。
例えば、1913年湖南らが主催の大正癸丑蘭亭会の関連史料、湖南の代表作『支那史学史』の自筆原稿および『支那論』(1914年3月文会堂書店初版)などがあります。後者について、湖南晩年の満蒙史料編纂事業の助手をつとめた三田村泰助が『内藤湖南』(1972年)において、「清末以来の“知己である熊希齢“が袁世凱中華民国大統領のもとで内閣総理になったから、その政策批判を行った」と、湖南の執筆動機の一端を打ち明けたことがありました。文庫中に確かに、大阪朝日新聞の北京特派員神田正雄を介して湖南による『支那論』の寄贈を受けた熊希齢の感謝状と湖南に敬贈された熊氏の写真が残っています。これらの貴重資料は近代日中交渉史の一面を如実に物語っていると言えましょう。

 

『支那論』の寄贈を受けた熊希齡の感謝状 (1914年10月;時の役職は全国煤油事宜督辦)

 

総理在任中(1913年9 月-1914年2 月) か退任直後の熊希齢の写真 関西大学図書館内藤文庫蔵