東アジアの過去・現在・未来へ KU-ORCASキックオフシンポジウム

デジタルアーカイブが開く 東アジア文化研究の新しい地平

2018年2月17日(土)・18日(日) 関西大学千里山キャンパス 以文館4階

登壇者

楊 暁捷

文学博士(京都大学、1989年)
日本中世文学(絵巻物)、人文学研究におけるデジタル技術の活用。
『鬼のいる光景』(角川書店、2002年)、『デジタル人文学のすすめ』 (共著、勉誠出版、2013年)など。(個人ホームページ【http://people.ucalgary.ca/~xyang/】)

デジタル技術が古典画像にもたらしたもの

――「デジタル展示:からいと」の制作をてがかりに――

新たな可能性――IIIFの魅力に惹かれて――

この度はKU-ORCASのご設立おめでとうございます。

私は人文学を研究しながらデジタル環境で様々な検証・成果制作を行ってきました。直近の検証実例で使用したのは「IIIF(International Image Interoperability Framework)」のプラグインと、ウェブコンテンツの管理ツール「Omeka」、検証対象は国文学研究資料館がデータベースで紹介する奈良絵本の代表「からいと」です。このデジタル展示に対し、現時点で使用可能なメディア環境(画像への文字情報の付加や連動音声の挿入、同タイトルの異本情報の関連付けなど)を一通り試行しました。今回はIIIFという新たな、かつ私にとって未知のツールでどのような学習環境を構築できるかの模索に留まりましたが、これまでの研究をデジタルの面から検証する意味で重要な成果だったと考えます。

IIIFは2014年の発表以来にわかに普及し、今や大きな影響力を与える存在となりました。画像の内部に立ち入る作業に、ようやく共有すべきプロトコルが確立され始めているのです。近年はAIやディープラーニング、OCR(Optical Character Reader)分野の発達も著しく、これらの活用は、古典作品に対する新たな鑑賞方法を拓く期待を抱かせてくれます。デジタル・アーカイブにおける様々なツールが用意され、利用可能になる時を待ち遠しく感じています。

デジタル化時代における、新しい学問環境の一案

KU-ORCASのキーワードは、CS――「Citizen Science」や「Community Science」――と伺っており、「学者以外の人も一緒に研究しよう」という意味だと拝察しました。類似例の代表がネットの集合知・Wikipediaでしょうか。インターネットの拡散力は強力です。一般人もプロも、ひとたび公開すればその情報は誰でも見られる公のものになる。ではその情報の信頼性を高めるためには何が必要か? 私が常々考えるのは、学術業界全体における学術活動の見直しです。従来の学問プロセスにおいては、研究者が論文や書籍を上梓するには第三者の審査があり、他の研究者によって批判されたり引用されたりします。しかし、デジタル環境ではこのプロセスが確立されていません。また、我々はインターネットにより、情報が常に更新される文化に慣れつつあります。これ自体は悪ではありませんが、学問の分野ではこの仕組みは有害です。匿名の発表が乱立すれば、誰も内容に責任を持たないことになります。

このことを踏まえると、今まさに研究所や大学が、出版社のような役割を果たすため、電子データを集める組織をつくる時が来たのではないでしょうか。従来の学問プロセス同様、第三者が責任を持って介入すれば、発表側にも緊張感が生まれ、情報を望む側にも有益なデータとなります。これらのプロセスを実現するための環境が整う日を楽しみにしています。