東アジアの過去・現在・未来へ KU-ORCASキックオフシンポジウム

デジタルアーカイブが開く 東アジア文化研究の新しい地平

2018年2月17日(土)・18日(日) 関西大学千里山キャンパス 以文館4階

登壇者

下田正弘

東京大学 教授
1989年、東京大学大学院人文科学研究科專門分野単位取得退学。1994年、東京大学文学部助教授、2006年、大学院人文社会系研究科教授、現在に至る。この間、ロンドン大学(SOAS)、ウィーン大学(オーストリア)にて客員教授。1994年より、大蔵経テキストデータベース研究会(SAT)代表として大蔵経データベース化を推進。現在、日本デジタル・ヒューマニティーズ学会会長、日本印度学仏教学会理事長。

デジタル・アーカイブ時代における日本の人文学の課題

デジタル化のプロセスが人文学へ問いかけるものとは

情報通信の革新は現代社会の有り様を大規模に変化させてきました。諸科学においても同様で、かつては公共の遺物として図書館や博物館の片隅で眠っていた膨大な知識が、国境すら越えてウェブというプラットフォームに出現し、パソコンやスマートフォンで利用可能になっています。学問の進展と共に著しい専門化を進めてきた人文学が、このような資料のデジタル化によって領域横断的に開かれていくことは明らかです。今後は研究環境や成果の発信・交換をコンピュータ言語に託すことが不可避となるでしょう。

これは人文学におけるテクスト内在性、間テクスト性という点において、人文学者のテキスト研究に対する原理的な反省が迫られていると見ることもできるでしょう。

テクスト内在性は、私の言葉で表現すれば「時代を越えて一つのテキストが様々な読者によって読み直されること」であり、また「そのたびにテキストから新たな要素が引き出され、新解釈を生み出していくこと」。デジタル化された資料においては、これまでの手法では到底及び得ないテキスト群の構造が見え、研究の可能性を大きく広げます。人文学者たちは自ら扱ってきたテキストを専門分野内に閉ざすのではなく、一般化することが必要となっていくのです。

人文学だからこそ期待したい、デジタル化における2つの課題

現在進行中のデジタル化プロセスが、諸科学の外部に存在し始めている事態は明らかに思えます。このプロセスから脱落することは、今や言語世界からの脱落に等しいことを我々研究者は自覚する必要があるでしょう。

こうした状況下、日本の人文学は2点の課題を念頭に置く必要があります。一つは、デジタル化のプロセス自体に関与すべきであること。もう一つは、研究成果が可視的になっていくために、デジタルという形態を基礎とする国際標準の構築と、その参画が不可欠な点です。これらの課題を適切に受け取っていく責任が、私は人文学にあると期待しています。それは新たな情報技術と共に出現したコンピュータ“言語”が時代の変革の核となる中、人文学こそが、かつて同じように変革をもたらした自然“言語”を主題としてきた言語の学問であるからです。

今、KU-ORCASにおいて東アジア文化研究分野のデジタルオープン化ゾーンが形成されたことにより、人文学の成果発信の基盤が整えられました。これは日本の人文学が直面する課題に正面から応えようとする意欲的な試みに思います。

このシンポジウムを寿ぎますと共に、KU-ORCASの今後に心から期待申し上げます。