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活動報告

PILOT2018.12.13

「劇場発行資料アーカイヴ」 菅原慶乃

本パイロット・ユニットは、東アジアの各都市の映画館や映画会社が発行した映画パンフレットのアーカイヴを設計・構築を行っています。

 

〈エフェメラとしての映画パンフレット〉

今日、日本の映画館ではさまざまなグッズが販売されています。そのなかでも、映画パンフレットはもっともポピュラーな商品だといえるでしょう。けれども一般的な書籍とは異なり、映画パンフレットは通常は映画館のなかでしか販売・頒布されませんし、図書館に所蔵されることもほとんどありません。観客であるわたしたちもまた、誰がどうやって映画館パンフレットを発行しているのか、ということについてあまり注目することもありません。それに、映画館パンフレットの多くはいつのまにか家から無くなり散逸してしまいます。だいぶ時間が経過した後にふと読み返そうと思って探しても見当たらない、という経験は、多くの人の身に覚えがあるのではないでしょうか。

通常、このように書籍ではない印刷メディアは「エフェメラ」と称されます。ごく限られた期間しか使用されない資料を意味するこの語には、もともと「カゲロウ」という意味があります。エフェメラという語は皮肉にも映画館パンフレットのような印刷メディアの短命であるという特徴を何ともよくとらえているのではないでしょうか。映画館が登場してから現在すでに百年以上の時が経ちましたが、その全貌はあまり研究されてはいません。その理由はまさに、映画館が儚いエフェメラであるからに他ならないのです。映画パンフレットは東アジアの映画館でも早い時期から発行され広く普及していましたが、現在は一部の蒐集家や研究者を除き、一般の方々の目に触れる機会もさほど多くはないというのが実情でしょう。

 

〈映画館パンフレットの資料的価値〉

1部1部の映画館パンフレットは確かに短命なエフェメラかもしれません。しかし、数百部という単位でコレクションされた場合、集合体としての映画館パンフレットは庶民の映画鑑賞文化や映画鑑賞習慣について実に多くのことを語りかけるのです。たとえば、パンフレットの記事の水準や、そこに掲載された企業広告などを経年的に見ることで、その映画館の主要な観客の属性を垣間見ることができますし、映画館の場内設備や環境、上映習慣がどうだったか、という情報も読み取ることができます。紙や印刷の質からは、パンフレットに費やされた費用がわかりますし、そのことは映画館のランクや経営状況を知る重要な要素となります。さらに、すでにフィルムが失われてしまった映画作品のパンフレットは、その作品のテクストを再現するために不可欠な情報を提供するという大切な資料でもあるのです。近年の研究では、映画パンフレットは単なる読み物にとどまらず、映画館と観客の双方を繋ぐ重要なコミュニケーション・ツールであったことが分かってきています。また中国の場合、映画パンフレットが観客の識字能力向上という社会改良運動にも密接に連動していましたので、映画史研究のみならず、文化史、教育史の観点からも興味深い事実を伝える資料だといえます。このように、映画パンフレットは多角的なアプローチからの考察が可能な、魅力に富むメディアなのです。

 

〈KU-ORCASの劇場発行資料アーカイヴ〉

本パイロット・ユニットが対象とする資料は筆者が個人で所蔵している映画パンフレット約350余部で、それらは概ね1910年代から1940年代に日本・中国・植民地期朝鮮で発行されたものです。このうち、中国で発行された映画パンフレットは、映画館が発行したものの他に、映画会社が発行していた「特刊」も含んでいます。主なものは次の通りです。

 

【日本】

【中国】

【植民地下朝鮮】

 

2018年度は、映画パンフレットの撮影・デジタル化を進めると同時に、メタ・データの作成・整理を行いました。今後は、国内外で映画館・劇場資料のアーカイヴズやデータベースを運営・研究する諸機関と情報交換や共同研究を行い、研究リソースの活用を図る予定です。最終的には、エフェメラを用いた新しい観客史を構築することを目標にしています。

 

〈参考文献〉